工人(たくみびと)

工人の作家たち

京都の工芸界では、二十余年もの技術修練と感性の研鑽を経て、四十を過ぎて新人作家として歩みだします。
五十半ばになって中堅と呼ばれ、工芸作家として花開くのは六十を過ぎてから──。

しかし、まれに若くして驚くべき技術と卓越した感性を兼ね備えた特別な才能が現れます。
彼ら彼女らは、年齢や経験からは通常考えられない圧倒的な美と価値を生みだし、人々を魅了し、大きな存在感をもって京都の工芸界の旗手となってゆくのです。

工人の作家たちは、若くして京都を代表する作家となった、まれに現れる特別な才能たちです。
各工芸の分野を代表する特別な才能たちが分野を超えて工人の名のもとで新しい価値を創造してゆくのです。

各分野について

漆工芸

漆はウルシノキの樹液である。
漆工芸は日本を代表する工芸の一つとされる技術であり、文化である。
日本のさまざまな地域で発展した漆の技はそれぞれの文化と共にその特徴を持った。

やがてその美しさや性能には世界から注目が集まり、日本を代表する工芸品の一つとされた。

5000年の歴史を超える人と漆の交わりその歴史の中で1300年を超えて育まれた京都の漆工芸
黒や朱の静謐でつややかなる塗肌   漆塗
金粉や銀紛によって描かれる意匠   蒔絵
海の光をその身に取り込ん貝の輝き  螺鈿

つねに自然からの恵みをその美しさに取り入れながら時代と共に変化しながらも常に日本のこころを表してきた漆工芸
用と美を兼ね備え、人と共に育ち、美しく老いる。

そんな漆器が作ることが漆の物づくりの目標の一つだ。

(三木啓樂)

手描き京友禅

友禅とは元禄時代、京都に生まれた紋様染めのことである。
布を染める技法は多種多様に古くからあるが、友禅染めの誕生によって、華麗で多彩な表現が出来るようになった。

着物の染色技法

着物の染色技法には、友禅、絞り染、型染め、臈纈といった様々な技法がある。
その中でも手描き友禅は、すべての工程を繊細で緻密な手作業によって絵画のように描き染めていく、日本が誇る染色技法である。

一反の白生地から一枚の着物が完成するまでおよそ20以上の工程がある。特に友禅に於いて重要なのは、糸目糊置きであり、糸目糊が防波堤の役割をすることで、染料をさしても色が滲んで混ざり合わないようになり、多彩な表現が出来るのである。

京友禅は千年の文化を背景に、色彩はあざやかで洗練され、意匠は華麗かつ優美なものでなければならない。

(羽田登喜)

仏像

仏像とは、元来美術品ではなく仏の象徴としてお姿を再現した象徴で、その時代、地域の最先端技術、素材を工夫して制作し、指導者が願いや思いを語り伝える象徴であった。

日本における仏教、仏像が伝来したのが西暦538年飛鳥時代のことである。
その時代の日本にはなかった鋳造の金銅仏に始まり、土を使った塑像、貴重な漆を使った乾漆像、そして日本の風土に合った木彫へと時代と共に流れる。

現在の仏像は和様と言われる平安時代にできた儀軌を守り千年以上の時を経て、公家、武士好み、民衆から個人の好みをその時代の仏師が工夫を凝らし、仏像を発眼した人々の思いを大きく反映された仏像が誕生してきた。
その目に見えない仏を木の中より迎えた結果が後世の人には美しく神秘的な仏像を生み出していく。

この様に仏像と共に発達した技術は鋳造、彫金、鍍金、土彫刻、漆喰、漆の技術、金箔などに金加工、彩色技術、装飾の截金、もちろん木彫の技術は進化した。
仏教の伝来は現在の工芸技術に無くてはならない文化であった。

(冨田珠雲)

陶磁器

土を練り固め焼いて作った陶器・磁器の総称である。
陶器と磁器の違いはガラスになる成分の量の違いだけのため、まとめて陶磁器と呼ばれることが多い。

京都の陶磁器の特別な歴史

京都の陶磁器は京焼と呼ばれ、近年の研究で慶長年間初頭の1590年代末には生産が始まっていたと考えられている。

当時は千利休が六古窯(瀬戸焼・常滑焼・越前焼・信楽焼・丹波立杭焼・備前焼)の窯元に京都に窯を作らせたという話もあり(真偽は定かでは無い)、陶土があまり取れない土地で発展した希少な例かもしれない。当時は三条粟田口界隈で多く生産されていた。
現在残っている清水焼は1643年までには存在が確認されている。

戦後、海外から作家という概念(一人ですべての作業を行い作陶する)がもたらされたことからそれまで行われていた分業が減り、現在は多くの作家と昔ながらの分業とが混在している。京焼には色々な種類があるが、陶器・磁器以外にも釉薬や技法も多く存在する。

(小川文齋)

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