「うるし」を美しく

上塗りの道は長く険しい。

ただ、一生懸命その技術に取り組んでいると

見落としてしまうこともある。

 

駆け出しのころ、使い手の人に教えられた。

 

「なあなあ、えらい埃の事とか傷の事とか気にしてるけど、やっぱり作ってる本人はそういうの気になるんやね。」

 

「え??でも、ちょっとでも仕上がりきれいなほうが・・!」

 

「そりゃきれいなことに越したことないけれど、僕はあんたの技術とかクオリティーの高さや技術の説明されてもようわからんわ。

僕が、あんたの作品買ったんはなんかピタ!!ってきたからやで。

なんかわからんけど、ええ!!っておもったんや。あんたは作品つくってんにゃろ?

使ってったら傷も入るやろうけど、それでも使ったろう!!っておもえるええもん作ってや!」

 

 

そうか!!目から鱗や!!ありがとうございます!!がんばります!!

なんか、うまく言えんけど、うれしかったです。

 

でもこれって、きれいに仕上げることよりもっとハードル上ってない??

 

うるしの艶

「うるし」の肌は不思議な魅力があると言われる事があります。

なんとなく納得。

 

でも、何に納得するのかな?

 

「うるし」は作り方でピカピカにもなるし、消艶にもなったり。

でも、使い込んでいくと、どちらも同じような魅力的な艶肌になっていくのです。使えば使った分だけ雰囲気が増す。擦り切れそうになっても、なにか愛おしい。

そうか~。漆は飾っておくよりも使っていた方が魅力的。

人も遠くで眺めてるだけより、一緒に笑って泣いて生きていった方が幸せなかんじ?。

 

そういうことなんだな~となんとなく納得。

 

 

「うるし」にかぶれる

「うるし」はかぶれることはほとんどの日本人は知っているようだが

どうしてかぶれるかはあまり知られていないし、僕もうまく伝える自信はない。

あえて説明に挑むなら、

「うるし」はウルシノキの血液のようなものだ。

人間も無作為に輸血したら拒否反応を起こすそうだ。

「うるし」もいやだ!って抵抗をしてるのかな?

 

でも、漆工芸の作り手たちは、修業が進むにつれてかぶれにくくなっていくといわれる。

これは人が「うるし」に慣れるのではなく、「うるし」が許してくれているのでは?

たんに、傷つけられて流された樹液はカブレという抗議をし

作り手や使い手が命を頂いて物づくりをしてると感じたときには

「うるし」も我慢してくれるのかな?

 

なんとなくそんな感じで、僕は納得してみた。

「うるし」は「うるし」

「うるし」は漢字で書くと「漆」

一つの漢字の中に二つの水と一つの木が合体したすごい文字。

でも漢字のふるさとでは「うるし」という呼び方ではない。

「うるし」は漢字が取り入れられる前から日本では「うるし」だったようだ。

 

なるほど。そうだったのか~と、なんとなく納得。